配偶者が定年してずっと家にいるようになりました。
「これからはゆっくりできるね」
そう言っていたはずなのに——
気がつけば、

……あれ、ずっといる?
と、心の中でつぶやく日が増えていました。
配偶者はずっとサラリーマン
性格:ケチ(ファンクラブの500円もケチっています)
真面目な人です。
趣味:アイドル
家族の趣味:農業体験農園
難聴:補聴器の使用拒否
定年後、初めてアイドルのコンサートへでかけて感動して帰ってきました。
離婚の危機もありましたが、ご縁があって「一緒に終活することになりました」
定年後、配偶者と一緒に居るのが嫌な理由
「嫌いになったわけじゃない。でも、なんか…嫌」
朝起きる時間も、テレビの音量も、昼ごはんのタイミングも。
今まではすれ違っていたから気にならなかったことが、
見事に“全部見える”ようになりました。
しかも不思議なことに、
配偶者はいつも通り。
ダラダラとトドのようにゴロゴロしている。
変わったのは、私の感じ方だけ。
たとえば、こんな会話。

何かした方がいいんでじゃない?
年を取ったら筋力低下が進むのが早いらしいよ。

今まで頑張ってきたから大丈夫だよ。

人生、100年時代だよ。
図書館とか行って何かやりたいことを見つけたら?

雑誌にしか興味ないしな~。
(うぅぅ……。)
【洗濯干し編】
洗濯物は、しわ伸ばしてほしい私。
配偶者は全く気にならない。
先日、配偶者に指導しました。

私の言った通り干していただけませんか?

もちろんだよ。
奥様のいうことは絶対服従だよ。
結果、
もちろん言いつけ通りじゃないし、
「なんですか~」って感じで聞いてないし、
しわしわの洗濯物が干してありました。
【食事編】
| 食事|調理作成者 | 配偶者 | MIYAKO |
|---|---|---|
| 朝食(MIYAKO作成) | パン | 米 |
| 昼食(各自) | 麺類 | パン |
| おやつ(各自) | アイスクリーム・蒸しパン | なし |
| 夕食(配偶者) | 米 | 麺 |

私は、本人が食べたいものを調理。
配偶者は、配偶者が作成したものを食べてというスタイル。
【お金編】
配偶者:ケチ。自分で調理するときはお金を使います。計画は立てない。
MIYAKO:予算を決めてその範囲で使う。足りない時はあるもので我慢。あくまで計画的。
【時間の過ごし方】
配偶者:ダラダラ。ゲームしたり、アイドルのYouTube。
MIYAKO:洋裁・調理・DIY。物作りを常にしている。

イラっとしています。
ずっと一緒だとさらにイライラします。
これ、うちだけかな? と思っていたら、……意外とそうでもなかった。同じことを感じている人が、世の中にたくさんいるようでした。(˃́ꇴ˂)
配偶者の行動は変わらない|でも自分は変われる
そんなとき、ふと思いました。
「相手を変わらない。」
「私は変われる。」
そういえば、
「人は変えられないが、自分は変えられる」
よく言っていた言葉を思い出しました。
そう思えたことで

そっか、変わらないんだったら、言っても仕方ない。
そう思えたことで、少しだけ気持ちが楽になりました。
さらに諦められるようにもなりました。
【MIYAKOの変化】
自分の時間を大事にする。

私の好きなことは物作り。
- ブログを書く
- ハンドメイドをする
- ハーブを育て、調理する
- 日曜大工をする
配偶者への期待を手放す
- 「配偶者が洗濯物をこう干してほしい」という期待を手放す。
- 「配偶者が自分のいうこと聞き入れてくれる」という期待を手放す。

「諦め」というでしょうか。
とにかく期待しない。
私とは別物と認識する。
配偶者は赤他人と認識する
両親よりも長く一緒にいるとつい家族だからと自分の持ち物になりがち。
- 赤の他人が家を買うのを手伝ってくれたんだ。
- 赤の他人が子供の学費を出してくれていたんだ。
- 赤の他人が家事を手伝ってくれていたんだ。
- 赤の他人が採れたて野菜を作ってくれるんだ。

こうして考えれば赤の他人に感謝です。
私は幸せ者です。
終活鯛ルール|第一条
心身ともに健康が一番で過ごす!
【家事編】
- 感謝する
- 文句は言わない
- 希望があるとき前もって言う
【お金編】
- 収入の範囲内で生活(約20万円)
- 家のお金は配偶者
- 食費・娯楽費はMIYAKO
お金がなかったら我慢する。
【過ごし方編】
- お互い期待しない
- お互い干渉しない
- 朝の体操をする
- 週1回は一緒に買い物に行く
- 感情的になったら、離れて過ごす
まとめ:心身ともに大事にする終活鯛
定年後の夫婦生活は、「ゴール」じゃなく「あらたなスタート」なのかもしれません。
子育ての頃は、子どもという共通の目標があった。でも定年後、巣立ちを終えた二人には——もう、あの頃の「クッション」はありません。
だから余計に、お互いの「ちがい」が見えやすくなる。
それは、悪いことじゃないのかもしれないけれど。
期待を手放して、感謝を見つける。
一緒にできることは一緒に。自分だけの時間も、ちゃんと大事にする。
長年連れ添った相手を、「赤の他人」として見直してみる——なんて、すこし冷たく聞こえるかもしれないけれど、じつはそこに「ありがとう」が生まれやすくなる気がしています。
無理に仲良くしなくていい。ただ、少しだけ、向き合ってみる。
それだけで十分だと、私は思っています。

始まったばかりの私の終活鯛。
これからも つ・づ・く。



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