配偶者が定年し、モヤっとした生活が続いています。
そんな時、
「ずっとこのままなのかな」…。
大きなケンカをしているわけではない。
でも、むなしくなる。
そんな感覚、
ありませんか?
熟年でも起こる”距離のずれ”
居るのが当たり前の夫婦。
「あれ」「それ」「あの」なんて言葉がでなくても「ま、いっか。」と流す日々。
そして、仕事をしていた姿とはうって変わる「姿かたち」
配偶者だけではなく、私も…。
だけどなんとなくだけど
「もう年だ。」と認めていない夫婦。
「まだ、現役なんだ。」とお互い思っている。
自分の価値を下げられない…。
これが少しずつ積み重なると
違和感がでてきてしまい、
お互いの関係に。少しストレスがかかってきて…。
お互いの距離が変わっていくことってありませんか…。

私は一緒にいることが苦痛になりました。
離婚危機のサイン|こころのむなしさ
「離婚危機」…。
「離婚」頭によぎるのも現実。
でも、考えてしまうことがある。
経済的なこと、
子供の気持ち、
老後のこと。
考えるときりがない。
現実、すぐ離婚にはふみきれない…。
そして
- 会話がなくなる
- 一緒に食事をしなくなる
- お互いに興味がなくなる
- お互い「言っても無駄」と諦めている
そんな日々が続くと、
生活リズムや過ごし方の違い、
気持ちの距離も少しずつ離れていく。
本当の同居人。
若いころのように
「あなたにこう言われて傷ついた」って喧嘩もしない。
特別な出来事があってそうなるわけではありません。
ただ、ここまで一緒に築き上げたものがあったと思っていたのに…、
会話はないし、
同じ屋根の下にいるのに一緒に過ごすこともなく、
どこかむなしい。
夫婦円満に過ごすために|少し楽になった考え
冷静に考えると
「離婚」なんて発想…。
私、まだ、若いんだな…と思った。(≧∇≦*)
若いころ…。
本気で離婚を考え、別居していました。
そして離婚調整をし、家庭裁判所まで行ったことがある…。
家庭裁判所の面倒さ、
調停員の嫌味、
離婚するまでの過程を振り返った。
調停員とスケジュールを合わせるときの
調停員の嫌な顔。
仕事の調整。
同じ話の繰り返し。
月に1回の頻度で行われるが、大変だった。
結果、調停員より、「お金のことはここでは話せません。」と
言われ、解決がつかず、「不成立」となって終わった。
今後、配偶者に応じなければ、裁判になる。
「裁判には子供も立つことになります。」と言われ、結局、裁判はなし。
ほどなく、配偶者が倒れて、家族の家に戻り、同居することになった。
「離婚」はエネルギーがいる。
その「離婚」を考える私は、まだ、若い。
このエネルギー、離婚に使わないで自分磨きに使おう!
私、そうとういける女になる!

いい女になって違う景色を見よう!
まとめ
夫婦は、少しだけ距離をとってみる。
常に一緒に過ごすことがいい事ではないかなと思います。
1人の時間をつくってみる。
距離を置いて過ごすことは大切だと思います。
無理に変えようとしなくても
できることから少しずつ。
それくらいが、
ちょうどいいのかもしれません。
夫婦は、
「近すぎると苦しくて、
離れすぎると寂しいもの。」
50代はまだこれから。
「エネルギー」の使い道を自分のために!
相手は変わらない、変えるのは自分。
新しい景色の自分を想像して前に向くこともいいかもしれません。





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